【20】
時はあたかも後期試験の真っ最中。
殊勝にもケイは大人しくしていた。
「明日で試験は終わるよ」
「頑張ったね」
「ま、やっつけだけどね。なんとかなったわ」
「じゃあ、明日からは一緒に遊べるね」
「うん、まかせなさい」
「たのしみ~」
翌日、試験を終えて、ケイと飲みに出るつもりで帰宅してみると、ケイが居ない。
見れば、こたつの上に書き置きが。
『両親が突然やってきたので一旦帰ります。また連絡します。』
なんと、親に連れ去られた後だった。
そうか、恐らくは手紙の差出人住所を見て訪ねてきたんだね。
その翌日、千葉在住のケイの叔父という人から電話が入って、次の日曜日に、指定された西船橋の喫茶店で会った。
ケイの父親の弟であるその人は、代理で話をしてみてくれと依頼されたとのこと。
それは勿論、僕たち二人の今後のこと。
君は一体どうしたいのか。
そんなことを訊かれたので、正直に思うがままを話した。
すると、君の意向は伝えておくから。
ということで別れた。
後日、ケイの父親の口から聞かされたことは『しっかりした考え方を持ってるから、人間的には問題ないと思う』と言われたそうだ。
一度、襟を正してこちらから出向く必要があると考えているときに、ケイがまた家出をしてきた。
いい機会なので『送っていきます』と連絡を入れて、二人でケイの実家を訪ねる。
初めて見るケイの住む町。
ただ、浮かれてる場合じゃない。
話し合いの場からケイは隔離された。
同席はしてるが、父親は何も言わない。
母親との面接が始まった。
実はそこで初めて、僕たちに立ちはだかる障害の二つ目を知らされる。
それは、ケイにはバセドー氏病という持病があって、ホルモンの分泌量がうまく調整できない病気なので、普通に暮らしてても人の倍以上疲れるのだと言う。
なので、とても遠く離れた愛媛の、それも商売家には嫁がせられないと。
「あなたは、あの子にそれを打ち明けられてる?」
「・・・」
「でしょ、それが出来ないのは、あの子が一番解ってるからなのよ」
「・・・」
「そこで、提案なんだけど、あなたがうちに来てくれない?」
「え、養子ということですか?」
「そうです。そうしてくれるなら、盛岡に喫茶店を出させてあげるから」
「・・・」
「あの子はうちの呉服店を継いで、あなたは喫茶店を経営すればどうですか?」
「・・・」
正直、ショックだった。
流石にその状態では愛媛に連れて帰る訳にはいかないだろう。
かといって『跡を継ぐから』と打ち明けたときに喜んだ父親を裏切れない。
第一、僕自身が岩手という全く馴染みのない土地で、それも養子という立場で上手くやっていけるのかどうか、自信が持てなかった。
ということは、そいつをケイ置き換えた場合はどうなんだ?
ケイだって、その不安があって当たり前だろう。
そいつを押し殺してまで愛媛に付いてくると言ってくれた。
その思いにちゃんと応えられるのか?オマエ・・・
それで思い当たることがいっぱい出てきた。
二人の恋が唐突で、性急で、直線的だったこと。
そして、ケイの人一倍の明るさとその行動力。
これらは全て、ケイの持病に対する不安から派生したことだったのではないか?
だったら、それに応えてやりたい。
今こそケイを精一杯の愛情で抱きしめてやりたい。
でも、僕にも実家の家業が・・・
結局、結論を出せないまま、翌早朝、ケイの父親に最寄りの駅までタクシーで送ってもらう。
その車内では、「いやまはぁ、今朝はしばれるねえ」と、顔見知りの運転手に話しかける父親。
別れ際、車外に出てきて、「追い返すようですまないね。気を付けて」と。
僕は「お世話になりました」と頭を下げて駅舎の中へ。
基本的に心根の優しい人なんだろう。
彼の胸中や如何に。
その前夜、ケイの部屋で暫くの時を過ごした後、「今夜は遅いから泊まって帰りなさい」と客間に案内され、そのまま別々に眠る。
「起きて。悪いけど、このまま帰って。タクシーを呼んでるから」と母親にそっと起こされる。
「え?せめて顔だけでも見させてください」
「ちょっとだけよ、起こしちゃだめよ」
「わかってます」
そっとケイの部屋のドアを開けると、眠ってるケイ。
その寝顔を見届けて、ドアを閉めようとしたその時、ケイの目が開く。
「シュン、どうしたの」
「ケイ、帰らなきゃいけない。また連絡するから」
「いやだ、一緒にいく」
「ケイ、今は無理だ。辛抱してくれ」
そうして僕は帰された。
しっかりした母親だった。
家のこと、娘のこと、それらを守るために必死だったのだろう。
それが解るだけに、こちらも強くは出られない。
以後、この母親とは電話で幾度となく渡り合うことになる。
*
