昔のこと
店番をしながら、伝票入力をこなしながら、いつもの文化放送『くにまる食堂』を聴いていた。 けふのゲストは加山雄三さん。 『まだ歌える間に退いていく』との思いを掲げたラスト・コンサートを控えてのプロモーションの一環だろう。 その語り口は、気のせい…
@ 昨晩の『 秘密のケンミンSHOW 極』の中で、『かぶと揚げ』なるものが紹介されていた。 下味は塩コショウのみ、衣にだって秘密にするようなことはない。 唯一違うのは『真っ黒な揚げ油』だという。 それは、60年間継ぎ足してきた油に沁み込んだ素材の旨味…
@ 暫くご無沙汰だった『紫紺の集い』に朗報がもたらされた。 いや、実はそんな大層なもんじゃない。 要は、1979年に卒業した明大法学部法律学科12組の中のポン友で立ち上げたライングループに、久し振りに上がった投稿が『明大野球部春季優勝』だっただけの…
@ 昭和50年(1975年)3月末に進学の為上京した私は、中村橋という西武池袋線沿線の町にある朝日新聞販売店に住み込み店員として従事することになる。 そこで、拓殖大学4年生2人、武蔵大学3年生1人、東京音楽大学2年生1人、そして新たに明治大学1年生…
@ 4人の先輩方の中で一番お世話になったのは、首藤さん、という秋田出身の拓大4年生。 ちょっと野口五郎に似たハンサムボーイ。 噂によれば、隣の富士見台高校の女子高生にラブレターをもらったらしい。 高が新聞配達員がそうなることは珍しいんじゃない…
@ 入所してから一週間くらいだったか、前任の配達員に付いて配達コースを引き継ぐ。 前任者は通いのアルバイト。 それは、いくつか年上の線の細い穏やかな青年だった。 それぞれの区域には、配達ルート帳(正確な呼び名は覚えてない)という、大福帳みたい…
@ 販売店の食事は、朝食と夕食の二食分が出た。 おかずが一品限り、そして、納豆、味噌汁、ご飯はおかわりが出来た。 四国出身の私は、それまで納豆を食ったことがなかった。 だから、最初はなんだか抵抗があったものだが、直ぐに慣れていった。 だって、そ…
@ 朝日新聞中村橋販売店、これが、私の生涯初めての職場となった。 最初に、その年に入った関東圏の朝日新聞奨学生全員が或る所に集められた。 それが何処だったかは覚えていない。 そこで、いわゆるオリエンテーションを受ける。 そして、それが終了すると…
@ 朝日新聞社から事前に告知のあった配属先販売店は練馬区中村橋店。 『どないなとこやろ?』本屋で東京の地図を求めて来て、調べてみた。 今なら、ネットで簡単に出来ることも、40数年前は全てがアナログだった。 真っ先に目に飛び込んで来たのは、『ひ…
@ 学生対象の雑誌がある。 いや、厳密には、現況を知らないので、『あった』なのかも知れないが。 ともあれ、私が高校生の頃は、雑誌名に学研なら『コース』で、旺文社なら『時代』が付いた。 ただ、三年生向けには『高三コース』に対して、『蛍雪時代』だ…
@ 【酒の宝島】と【WoodyBarチュー太郎】という、どちらも時代遅れな、つぶれかけの店を経営するおじい、それが私。 今月(5月)は私の産まれた月なので、後半月もすれば、なんと66歳になるようだ。 恐らく同年代のほとんどが『自分が、まさかこんな歳に…
当時は、丸の内線の新宿から荻窪方向へ三つ目、東高円寺の駅を上がると甲州街道がある。 そいつを背にして、蚕糸試験場沿いに歩く。 いくつかのクランクを経て10分ほどすると在るのが埴生荘。 一つ筋を違えれば、女子美へのルート。 滅多に出くわすことは…
