今宵、NHKBSでこの番組を観た。
私が高校から大学にかけての7年間、正しく青春真っ只中の時代の日本の音楽シーンのドキュメンタリー。
NHKらしく、ちゃんと歌詞が表示されるので、懐かしさのあまり一緒に口ずさむ。
しかし、山本潤子の竹田の子守歌の段階で既に、軽き酔いも手伝って、途中から嗚咽して歌えなくなる体たらく。
加藤和彦の後年のライブに触れて、『せや、こないにしてハゲを前面に出してもえんや』とか。
やがて、『素直に受け入れるんやで、オマエ』という心境を再確認。
人はいずれ老い、やがて死んでゆく。
今の私は、それをどう素直に受け入れようかという最中(さなか)にある。
いよいよ来月には70歳になる。
こないにして、事あるごとに、その思いを噛み締める毎日。
言いたいことがよおけあっても、なんでや、という反発心はかかえとっても、それは、突き詰めれば多分、自己、いや、他者に対する言い訳(戯言)、ならば黙す可(べし)。
欲どしげえに考えず、無様な生き方はせず、穏やかに静かに最期を迎える。
それが、この世に生を受けた者の礼儀、感謝、恩返し、だと解釈する。
多分、この先もコペ転的に悟ったりすることはないだらう。
でも、いや、ならばこそ、その分、愚直に死を見つめていこう、そないに思うとる。
それが、我が人生、どうあっても、我の人生。
悲観も楽観もない、ただ、有るが儘(まま)。
さういうことだらうと咀嚼しとる。
な訳で、後悔はない(しても詮無きこと)。
いつでもええで、ありがたう、大いなる存在・・・
この番組のエンディングはこの曲。
私の創作文の冒頭にそれは登場する・・・
毎日、自画像を、どんだけナルくんやねん、と、お思いでせうが、ワタクシメ、数か月前にこう思うたんです。
「よう生きても後20年、なんなら10年かも知らん、なら、そのおじいの風貌の老い行く変遷を毎日上げてみたらどないやろ?」
こなな思いで、こないなハズいことを繰り返しており申す・・・
2026.04.28.16:48

