宝島のチュー太郎

20年続けたgooブログから引っ越してきました

    冬でも生のまま舐める、店主はそれが好き

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例えばこんな 5/6

 

 

 

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【17】


 夏休み、お互いの実家に帰省して、半月ほど離れ離れになったことが二人のわだかまりを吹き飛ばした。

ケイの部屋での再会。

「お帰り!」
「ただいま」
「許してくれるのか」
「許す」
「良かった」
「だって、シュンがいないと寂しくて」
「オレも寂しかった。もう離さないから」
「うん」


こうして始まった蜜月の中で、時間を掛けて、恐る恐る天野とのその後を訊いてみた。

「天野とはその後どう?」
「勿論、ちゃんと報告したよ」
「会ったのか?」
「ううん、電話で話した」
「なんて?」
「私は、やっぱりシュンが好きって」
「天野は?」
「なんだよそれって」
「怒らなかったのか?」
「うん、元々相談に乗ってもらうだけの感じだったから」
「え?だって『した』って・・・言ったじゃん」
「あ、あれ? 口からでまかせよ」
「ええ?」
「だって悔しかったんだもん、そうでも言わなきゃ」
「ホントに?」
「疑うの?」
「いやいや」
「で、今は?」
「もう電話もよすって決めた。お互いに」
「そうなんだ」
「うん、この前そう話した。そのときねえ、『何が熱海だよ、ダサっ』って言ってたよ」
「へえ、そんなことまで」
「うん、でもそれが最後だから」
「わかった。信じる」

天野は、埼玉にある国際大学に通ってる。
最後までいい奴だった。

 やがて夏が終わり、秋を迎える。
それでも二人はお互いの部屋を行ったり来たり。
そして、日曜は二人で出掛ける。

 例えば新宿御苑。
ハイキングの支度をして、オセロを持参。
芝生の上にシートを広げてオセロをしたり寝っ転がったり。
ケイを後ろから包み込むようにして座り、とりとめのないハナシをする。
そして、時々キスを交わす。
『なんだよ、公衆の面前で。恥を知れ』
なんて思ってた奴がですよ、臆面もなくだ。
なので、それからの僕は、若者のそういう行為に対しては寛大になった。
・・・気持ちが解るだけにね。

飯田橋の佳作座やギンレイホールに古い映画を観に行ったり、【バグパイプ】で飲んだり、新宿西口界隈で記念写真を撮りあったり、出掛ける度に、おそろのコーヒーカップ、ワイングラスなんかも買い揃えた。

こうして、お互いに先のことには目を瞑って、直ぐ目の前の愉しいことだけを追い求めた。
ただ、それ以上に、その先に待っている崖のことは強烈に意識していた、暗黙の裡に。

 そして、嫌でもその時はやってくる。
二人で散々話し合ったことは、【俺たち、いずれはずっと一緒に暮らそう】という共通点だった。
それが【結婚】という言葉にならないのには、二つの理由があった。

一つには、ケイは跡継ぎとして育てられてきたということ。
二人姉妹の長女として、婿をとらねばならない身だった。

そして、その二つ目を知るのは、もう少し先のことだった・・・

 

 

【18】

 ケイは女の子なのに、どちらかと言えば男装が多かった。
ジーンズは勿論のこと、タイトなパンツ、そしてボタウンダウンシャツにアスコットタイを合わせてみたり。
いわゆるアイビールックを好んで着た。
それがまたよく似合った。
コロンにしても、タクティクスやアラミスといった男物を好んでつけた。
後の僕がトラッド派になったのには、ケイの影響が大きい。
そして、以来コロンはずっとその二つを真似ている。

 やがて冬を迎え、エドウィンのウィンドブレーカーを色違いのペアで買った二人は、休みの度にそれを羽織って街を闊歩した。
そういうときはいつも、ケイが僕の左腕につかまって、右手を僕の左のポッケに入れてきた。
そして、抱き合うようにして二人は歩いた。

 こうした二人の毎日が穏やかで楽しければ愉しいほど、残された日々が愛おしい。
やがて、嫌が応もなく12月を迎える。
それでも二人は結論を導き出せないでいる。
僕はケイを連れて愛媛に帰りたい。
そして、ケイもそれを望んだ。
ただ、自分の勝手だけでいいのか?
ケイの実家はどうなる?
・・・そこで出した結論は、
『もう少し様子をみよう』
だった。

「私、一旦東京を引き上げるね」
「うん、それからじっくり取り組もう、二人の今後のこと」


 二人で揃えたティーカップ、猪口、ワイングラスをそれぞれに分けて、ケイは実家に持って帰る。
引っ越しの荷物を送り、アパートを引き払ったケイは、残りの数日を僕と過ごす。


 そして、12月23日の朝、僕の部屋を後にする。
前夜、西武新宿ペペで求めたお揃いのゴールドのネックチェーンをつけて。
二人が初めて迎えるクリスマス。
それは別々に過ごすことになったけど、少し早めのプレゼントだ。


「上野駅まで送るよ」
「いい、私は一人でこの部屋から出発する」
「いいか、オレたちはこれからも一緒だからな」
「うん、わかってる」
「気をつけて」
「うん、シュンと出逢えて、私の東京は最後に輝いたよ」
「オレはケイを離さないから」
「わかってる。じゃあ、ここで。見送らないでね」
「・・・」

 

1978.12.23.
 こうしてケイは一人で東京を離れた・・・

 


【19】

 それからの二人は週に二通は手紙のやりとりをした。
そして時々、ケイは近影を同封してきた。

一月末の手紙に、
『来月、名古屋にいる白百合の友達のところへ旅行に出ることになりました。東京駅で逢えない?』
と書いてよこした。

 勿論僕は、万難を排して逢いにいくと返した。
そして、待ち合わせ場所を八重洲中央改札口の外側にしようと、電話で話した。
実は、ケイが東京を引き上げるときに、それまでケイが使ってた電話を譲ってもらったんだ。
1万円ずつの月賦払いで。

 でも、こちらからケイの実家には掛けられない。
ケイも実家の電話を使う訳にはいかないから、いつも外の公衆電話から掛けてきた。
だから、電話があっても、かなり窮屈なやりとりだった。

 その日、バイトを終えたその足で東京駅へ向かう。
改札口の向こうが見渡せる場所の大きな柱にもたれかかって、僕はケイを待った。
どこかのホームに電車が着くたびに人の群れが押し寄せる。
その何度目かの波の中。

 こちらに向かってくるケイが目の中に飛び込んできた。
と同時に、ケイも僕の姿を見つけて、弾けるように笑った。
そして、改札を抜けると、真っすぐ僕の胸に飛び込んできた。
「シュン、逢いたかった」
「ケイ、オレも」
僕の胸の中に顔を埋めながらそう言うと、やおら顔を上げて僕を見つめる。
僕は堪らなくなって口づける。
ケイって、こういう感情表現がストレートで巧み。
なので、つい僕も柄にもない行動に出てしまう。
だって、心が震えるほど嬉しかったんだ。

 乗り換える新幹線の発車時刻までの時間がタイトだと言う。
なので、僕も入場券を求めて、一緒にホームまで行く。
するとケイ、僕の腕を取って中へ入れと促すので、つい僕も車内へ。
そして「シュン、一緒に行こう」と。

「いや、明日もバイトが」
「いいじゃん、休めば」
「そうかなあ・・・いやいやそういうわけには」
「一緒にいきたい、いたい」
「オレだって、その気持ちは一緒だけど」
「じゃあ、帰りに寄るね」
「大丈夫なのか?」
「出てきたらこっちのものよ」

なんだかハチャメチャな理論。
でも、それもありか、ヤケクソだ。

 
 その三日後、ケイは再びやってきた、僕の住む東高円寺埴生荘へ・・・

 


【20】

 時はあたかも後期試験の真っ最中。
殊勝にもケイは大人しくしていた。

「明日で試験は終わるよ」
「頑張ったね」
「ま、やっつけだけどね。なんとかなったわ」
「じゃあ、明日からは一緒に遊べるね」
「うん、まかせなさい」
「たのしみ~」


 翌日、試験を終えて、ケイと飲みに出るつもりで帰宅してみると、ケイが居ない。
見れば、こたつの上に書き置きが。
『両親が突然やってきたので一旦帰ります。また連絡します。』
なんと、親に連れ去られた後だった。
そうか、恐らくは手紙の差出人住所を見て訪ねてきたんだね。

 その翌日、千葉在住のケイの叔父という人から電話が入って、次の日曜日に、指定された西船橋の喫茶店で会った。
ケイの父親の弟であるその人は、代理で話をしてみてくれと依頼されたとのこと。
それは勿論、僕たち二人の今後のこと。
君は一体どうしたいのか。
そんなことを訊かれたので、正直に思うがままを話した。
すると、君の意向は伝えておくから。
ということで別れた。
後日、ケイの父親の口から聞かされたことは『しっかりした考え方を持ってるから、人間的には問題ないと思う』と言われたそうだ。


 一度、襟を正してこちらから出向く必要があると考えているときに、ケイがまた家出をしてきた。
いい機会なので『送っていきます』と連絡を入れて、二人でケイの実家を訪ねる。
初めて見るケイの住む町。
ただ、浮かれてる場合じゃない。

 話し合いの場からケイは隔離された。
同席はしてるが、父親は何も言わない。
母親との面接が始まった。
 
 実はそこで初めて、僕たちに立ちはだかる障害の二つ目を知らされる。
それは、ケイにはバセドー氏病という持病があって、ホルモンの分泌量がうまく調整できない病気なので、普通に暮らしてても人の倍以上疲れるのだと言う。
なので、とても遠く離れた愛媛の、それも商売家には嫁がせられないと。

「あなたは、あの子にそれを打ち明けられてる?」
「・・・」
「でしょ、それが出来ないのは、あの子が一番解ってるからなのよ」
「・・・」
「そこで、提案なんだけど、あなたがうちに来てくれない?」
「え、養子ということですか?」
「そうです。そうしてくれるなら、盛岡に喫茶店を出させてあげるから」
「・・・」
「あの子はうちの呉服店を継いで、あなたは喫茶店を経営すればどうですか?」
「・・・」

 正直、ショックだった。
流石にその状態では愛媛に連れて帰る訳にはいかないだろう。
かといって『跡を継ぐから』と打ち明けたときに喜んだ父親を裏切れない。
第一、僕自身が岩手という全く馴染みのない土地で、それも養子という立場で上手くやっていけるのかどうか、自信が持てなかった。

 ということは、そいつをケイ置き換えた場合はどうなんだ?
ケイだって、その不安があって当たり前だろう。
そいつを押し殺してまで愛媛に付いてくると言ってくれた。
その思いにちゃんと応えられるのか?オマエ・・・


 それで思い当たることがいっぱい出てきた。
二人の恋が唐突で、性急で、直線的だったこと。
そして、ケイの人一倍の明るさとその行動力。
これらは全て、ケイの持病に対する不安から派生したことだったのではないか?
だったら、それに応えてやりたい。
今こそケイを精一杯の愛情で抱きしめてやりたい。
でも、僕にも実家の家業が・・・

 結局、結論を出せないまま、翌早朝、ケイの父親に最寄りの駅までタクシーで送ってもらう。
その車内では、「いやまはぁ、今朝はしばれるねえ」と、顔見知りの運転手に話しかける父親。
別れ際、車外に出てきて、「追い返すようですまないね。気を付けて」と。
僕は「お世話になりました」と頭を下げて駅舎の中へ。
基本的に心根の優しい人なんだろう。
彼の胸中や如何に。

 その前夜、ケイの部屋で暫くの時を過ごした後、「今夜は遅いから泊まって帰りなさい」と客間に案内され、そのまま別々に眠る。

「起きて。悪いけど、このまま帰って。タクシーを呼んでるから」と母親にそっと起こされる。
「え?せめて顔だけでも見させてください」
「ちょっとだけよ、起こしちゃだめよ」
「わかってます」

 そっとケイの部屋のドアを開けると、眠ってるケイ。
その寝顔を見届けて、ドアを閉めようとしたその時、ケイの目が開く。
「シュン、どうしたの」
「ケイ、帰らなきゃいけない。また連絡するから」
「いやだ、一緒にいく」
「ケイ、今は無理だ。辛抱してくれ」

 そうして僕は帰された。
しっかりした母親だった。
家のこと、娘のこと、それらを守るために必死だったのだろう。
それが解るだけに、こちらも強くは出られない。
以後、この母親とは電話で幾度となく渡り合うことになる。

 

【21】


 それからまた、二人の文通と、ケイが公衆電話を使って時々掛けてくるときの会話という二つの手段での毎日が再開する。
肝心の二人の今後のスタンスについてだが、結局は、僕が養子として岩手に行かなければ二人の結婚はないという暗黙の了解のようなものが出来上がってしまっていた。

ケイは『既成事実を作っちゃおうか!?』という過激なことも書いて来たりしたが・・・

 

 やがて卒業式。
明治のそれはいつも武道館、まあ、他の大学も大体そうだろう(多分)。
仲の良い学友たちが、明治大学本館裏の錦華公園に集合して、そこから皆で歩いて武道館に向かう。
何故なら、我々にとって錦華公園に勝るとも劣らない馴染みの場所が北の丸公園。
武道館はその一角にある。

 明治の文系は、2年までは和泉校舎で学び、いよいよ専門課程に入る3年からはお茶の水に移る。
それからは、駿河台を下り九段までが我々の散歩コースとなった。
そして、九段の靖国神社対面にあるのが北の丸公園なのである。

 そのほとんどが下駄ばきの我々は、カランコロンと歩いて行って、春はキャッチボール、夏は九段会館の屋上ビアガーデン、秋は芝生に寝っ転がって日光浴、冬は・・・行かなかったかな?と、あの辺りをを闊歩したものだ。
その思いを込めてのラストウォーキングという細工。

 式典を終え、その仕上げは我々仲の良い者たちだけで、住友ビル53F【acb】に会場を移してのフェアウェルパーティ。
ここもよく同じメンバーで通った。
リコと出逢ったのもここからだったな。

1975年度入学、明治大学法学部法律学科2組は60名ほどの組織、そして内3名だけが女子という構成だった。
僕は、内輪で手軽に、というのが嫌いなので、彼女たちとは4年間一度も会話を交わしたことがなかった。
でもこの日は別。
当然のことながら、話してみると、とてもフランクな好ましい女子たちだった。
中でも、久美とはハナシが盛り上がり、電話番号を教えた。

 後日久美が電話を掛けてきて「西村くん、まったく取り付く島ない感じだったもん、もっと遊べばよかったのにね」と。
おっしゃる通り、僕はやっぱり意固地なんだろうな。


 さて、いよいよ社会人。
僕も一応就職活動なるものはトライしてみた、経験として。
受けたのは1社、家業との関係もあるサントリー社。
勿論、落ちた。
何故なら、まず、履歴書の書き損じを線で消してある所業が不真面目と面接官から叱責された後のグループ面接のメンツが国立有名大と早慶という無理目な線で、バツ印なことはアホでも解るという構図だったから。
それに、馬鹿正直に解禁日10.1.に、何の準備もせず試験を受けるアホウはなかなかいない、ということにも後になって知るくらい不真面目だったんだ。
まあ、自業自得というやつだね。

 だって、父親との約束があった。
『やりたいことの勉強として1年間の猶予』の後は新居浜に帰って、家業を継ぐと。
まあ、父親だって、それ以上の何かが息子にあれば、好きなようにさせてくれたろうが、情けないことに、僕にはそんな強烈な思いは無かった。
何もかもが中途半端な男なんだ、僕は。
そんなこんなで、他の奴らみたくの一所懸命さが僕には一切なかったんだ。

 そして頼ったのがアルバイトニュース。
その中でこれ!と思ったのが『独立志望の方の応援します』といったふれこみの珈琲専門店。
それは神田鍛冶町【珈琲専門店アーバン】という店だった。
神田駅西口を出て、線路沿いを東京駅方向に数百メートル行ったところのガード下スペースにそれはあった。
案内の通り、僕と同じ思いの仲間が数名いる環境で、実際に数年そこで修行すればなんとかなる感じ。
でも正直、1年では無理。
だって、ほとんどホール、すなわちウェイターで終わったから。
まあ、先入先出の論理から言えば致し方ない。

 そこに勤め出したある朝、早番の朝一の仕事として、店の外を掃き掃除していたときだった。
神田は、いわゆるビジネス街、通勤時間帯には大勢の人たちが行き交う。

「西村くん?」と声を掛けられた。
見れば、久美がそこに立っている。
「おお、ひさしぶり」
「いや、ひさしぶり、じゃなくて、何してんのここで」
「ああ、そこの店に勤めてんだ」
「え?喫茶店?」
「そうだよ」
「そうなんだ、しかしなんで?」
「うん、修行」
「そうか・・・」

 どうやら久美には理解できない行動だったらしい・・・


【22】


 ケイの実家では、一応の平安が訪れたようで、その後ケイには遠出が許された。
そして、月に一度は仕入れの為に上京できるようになって、数か月。
7月に出てきたケイは、また岩手に帰らなかった。
あれからちょうど1年。
魔の7月、熱い7月、狂おしい7月・・・

 僕も覚悟を決めて受け入れた。
それからは電話が鳴る度に座布団で塞ぐ日々。
やってることは子供と変わらない。
嫌なことからは逃げて、思いのままに行動する。
でも、それだけに?愉しい日々。
また日曜は二人でそぞろ歩く日々。
ずっとそんな生活が続いてくれれば。

 或る日ケイがバイトを決めてきたと言う。
訊けば、そこは【アーバン】と国鉄中央線を挟んだ反対側にある喫茶店だと言う。
その行動力に脱帽。
でも、そのお陰で愉しかった。
僕が早番の日は一緒に出掛けて、帰りは神田駅で待ち合わせて一緒に帰る。
まるでままごとのような日々。

一度、早番上がりの仲間と神田の【天狗】で飲もうとなった日に、ケイを呼んだ。
現れたケイを、仲間に「嫁です」と紹介。
大いに盛り上がったはいいが、僕は飲みすぎて、帰りの中央線の電車では窓から何度も吐いた。
情けなくも、ケイに背中をさすられながら、何処か嬉しかったんだ。

 
「ケイ、オレ、妻籠や馬籠といった木曽路に行ってみたいんだ。一緒に行こうか」
「熱海は馬鹿にされたからね、ウシ」

トロイの、胴体はライトブルーで襟は白、素材はパイル地、こんな揃いのポロシャツに、僕はGパンで、ケイはホワイトジーンズ。
各所で何枚かずつの写真を撮る。
中でも、何処かの滝を背景に、ポロシャツの半袖を捲り上げたケイのそれがとても似合ってて好きだ。
軽くボーイッシュでとても可愛い。
ケイと二人なら何処へ行ったって愉しい。
持病のことなんて忘れてしまいそう。
その夜は南木曽の民宿に泊まる。
民宿のオヤジさんたちと話しながら食事。
なかなかビールを頼むタイミングが掴めなくて、ようやく出して貰ったとき、二人は目と目で笑ったっけ。
TVでは、大好きな【熱中時代刑事編】が流れていた。


 二人で生きる二度目の夏。
それが愉しければ愉しいほど、その足場の脆さに不安な夏。
案の定、その日は来た。
ケイの父親が入院したと言う。
二人のときは電話を取らなくても、ケイは一人でいるときは電話に出てたようだ。

「一旦、帰るね」
「うん、心配だな」
「もしかすると嘘かも知れないけど、そうも言ってられないから」
「それはそうだ。これからのことはまた二人で考えよう」
「うん」

二人でいて結論の出ないことを離れてどうなるというのだ。
我ながら全くその場凌ぎなことを。

 こうしてケイは三度目の家出を終える。

 


【23】


 それからはまた文通の再開だが、電話の方は回数が減ってきた。
そして、手紙の内容も段々と諦観の様相を呈してくる。
どうやら、ケイがいよいよこの恋にけじめをつけようと考え始めたようだ。

僕は?
情けないことに、そいつをひっくり返す気力も胆力も無かった。
我ながら実に情けない。
ケイも、そんな僕に愛想を尽かしたのかも知れない。
冷静にお互いの立場と今後を擦り合わせれば、自ずと一つのベクトルに向かってゆく。


『今度、妹と、盛岡に来るオフコースのコンサートに行くよ』
明るいニュースはそれが最後だった。

 そして、いよいよ、ついに、ケイの覚悟が。

『シュンが好き。シュンといたい、ずっと。でもね、私の病気はどんどん深刻になってゆくの。このままじゃあシュンに迷惑をかける。だから、私はもうシュンと逢っちゃいけない。そう思うの』


 ここでこの僕はどう応えればいい?
この悲壮な覚悟に対して、その場凌ぎな言葉は通用しない。
こうして受け入れた、ケイの決断を。


 そしていよいよ最後のデートの提案がケイからあった。
『東京と盛岡の間にある仙台で逢わない!?』
三度目で最後の一泊旅行をしようと、それは親も許してくれていると。

別れると決めた二人の最後の旅行。
ケイの覚悟と決断の発露。
僕はそれに素直に付き従うだけだ。


 
 綺麗に晴れ上がった11月の昼下がり。
僕たちは仙台駅で落ち合った。
折しも、仙台駅舎は新装されていて、エスパルというショッピングモールもあり、お洒落な感じに変わっていた。
と言っても、後にも先にも仙台に行くのはそれだけだったんだけど。

お互いの路線の関係で、ケイが僕を迎える形になる。
ホームから降りて、連絡通路を急ぐ。
やがて改札口が見える。
その先にケイがいる筈。
いた!3か月ぶりにこの目で見るケイ。
いつものボーイッシュなのとは対極のエレガントなワンピースにジャケットを羽織った服装。
僕は僕で、グレーのツィードジャケット、薄いブルーのボタンダウンシャツに赤いペイズリー柄のアスコットタイ。
二人は、これまでにない服装で落ち合った。
これは、ケイが提案したドレスコード。

『私たち、最後くらいはお洒落してみない!?』

ケイ、やっぱりキミは最高だ!


 今年の2月、最初の家出となる東京駅での再会の刹那、この胸に真っ直ぐ飛び込んできたケイが、8か月が経って全く変わってしまっていた。
改札の向こうでじっとこちらを見ているケイ。
そこへ速足で近づく僕。
そっと抱き締める。

「久しぶり、待った?」
「ううん、そうでもない」
「逢いたかった」
「私も」
「少し痩せたか?」
「そうかなあ」

 それから、僕にとっては多分最初で最後の仙台の街を二人で散策する。
お互いに差し障りのない会話を交わしつつ。
その後、ケイが描いてたコースとして、仙台市郊外にある秋保大滝に向かう。
3か月前に行った木曽の滝での、あの無邪気な二人の関係との落差が身に染みる。

 そして、その近く、秋保温泉の中にある旅館に二人は身を寄せる。
温泉で汗を流した後、ゆっくり夕餉をいただく。
それから、宿の近くを散策した後、二人は早めに褥(しとね)に入る。

「シュン、ごめんね、私、突っ張れなかった」
「いいんだ、それを言うなら、不甲斐ないオレのせいだ」
「私、シュンとこうなったこと、決して後悔してないから」
「勿論、オレだって」
「多分、そう遠くない時点で手術を受けることになると思うの」
「それを受ければ回復するんだね?」
「それはどうかな、ただ、このままほっとくと危険な状態だって」
「・・・」

「ケイ、脱いで。裸で抱き合おう」
「最後だね」

「シュン、私のことなんか早く忘れて、愛媛で健康な奥さん貰って幸せになってね」
「ケイも家業をしっかり継いでくれる伴侶を見つけろよ」

「ウソ!嫌だ!忘れないで!私のこと」
「忘れる訳ないだろ!ケイとのことはオレの一生の宝物だと思ってる」


 その夜、ケイは初めて僕の前で泣いた。
くっついたり離れたりを繰り返して足掛け2年、ケイはそのとき初めて泣いた。
ケイの流れる涙を胸に受け止めながら、僕はただ抱きしめるしかなかった。

 

 翌朝のケイは、また元のしっかりとしたケイに戻っていた。
仙台駅に続く高架で幅の広い歩道橋の上。

「私の方が便が先だから行くね」
「うん、オレはまだ時間があるからここで」
「シュン、私と出逢ってくれて、強く引っ張ってくれてありがとう」
「・・・」
「私、シュンがいたから、この先も負けずにやってける」
「そうだよ、病気になんか負けちゃダメだ」
「うん、ありがとう。それじゃあ、行くね」
「オレはずっとケイを思ってるから・・・」

 そうしてケイは、人ごみの中を真っ直ぐ仙台駅舎に向かってゆっくり歩いていった、一歩一歩噛み締めるように。
そして、見事に、一度も振り返らなかった・・・

 

 

 

 

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