宝島のチュー太郎

20年続けたgooブログから引っ越してきました

    冬でも生のまま舐める、店主はそれが好き

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夏の庭


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 昭和31(1956)年5月に、伊予三島市村松で私は産まれた。

確か、三つの年に、我が家は土居町に引っ越した。
元瓦職人の家だったという家作付きの土地を父が求めて、移り住んだのだ。
土居高校の正門を背にして5分ほど歩いた先にその家はあった。 

今は、文筆されて6軒余りの家が建っている、なんとかアリーナの裏手に当たる広い土地だった。

 

 或る日の事、いつもは家族みんなで寝る座敷に一人で寝ていた。
それは多分、風邪かなにか、身体の具合が悪かったからだろう。

眠れなくて、天井を見上げていたら、その板の節がどんどん黒い塊になってきて、当時、四つか五つだった私は、理由のない恐怖に支配された。
それは多分、死、というものを見つめる端緒だったのだろう。

 

 土居小学校一年の一学期を終える頃、一家は、今の新居浜市浮島に引っ越した。
浮島小学校一年の二学期から、私はこの土地で暮らしている。
東京で暮らした5年間を除いて。

 

 その頃から、漠然とした死を現実のものとして考える癖がついた。
そして、その都度、叫びたくなるような恐怖に苛まれた。
それは、つい10年ほど前まで続いた。

 

 死、とはなんなのか、死ねば、人はどうなるのか?
端は、自然科学的知識で咀嚼するしか術がなかった。
では、その恐怖心とどう向き合うのか、どう戦うのか、克服するのか。

そんな思いで、片っ端から、それに纏わる本を読んできた。
その結果、ある思想が構築された。
そして、恐怖心を克服できた、と思っている。

 

 

 ただ、完璧とは言えない。

だって、死んだこと(その記憶)がないのだから、初心者なのだ。
だから、今も、そのベクトル上で模索している毎日。

 

 そろそろ、付けられるものなら、その命題に決着を、と、いつも考えている。

 

 

 そんな中、出会ったのが、この児童書だ。

瑞々しい表現力に感心する。
ただ、これを読んだ小学生は、死を理解出来たろうか?

余計に怖く感じてないだろうか?

 

 そも、結論の導き出せない命題なのかも知れない。

とすれば、その水先案内人の役割は果たしているだろう。

 

 私は、これからも死を見つめる・・・