けふのBGM
けふは定休日、予報では午前は雨天、ならば庭仕事をオミットする大義名分ありと、未明から眠る努力を放棄し、思うがままの夜を過ごす。
とは言いつつ、斑(まだら)に転寝(うたたね)を織り交ぜて迎えた朝、ショーヘイを眺めつつ、「サウナいこ」と決めて、11 時過ぎに自室を出る。
久し振りのサウナ、だからなのか?結構な汗が噴き出す。
これだ、これなんだよ、その効き目のほどに確たるものはないが、気分は気持ちよくデトックス。
サウナ、水風呂、外気浴を3セット、その合間のイメージトリップの中で思い立った。
「よし、また小説を書こう」
テーマは、父親。
若い頃は喧嘩ばかりの間柄だったけど、もうすぐ二十五回忌を迎える今、その郷愁と尊敬と悔恨と感謝が、綯(ない)交ぜになった我が心を持て余している。
そりゃ、アカンところもいっぱい抱えた親父だった。
けど、それを遥かに上回るええところが今になれば理解出来る。
どうせ、文章をいじるのなら、次は、その親父をモチーフにしよう、そう決めた。
もう一つには、今年91歳になんなんとするお袋がその傍らでどう一緒に生きてきたか、そいつも併せて表現したいと思っている。
そして、これは、我が兄弟、息子、そして、それらに縁する者たちへの遺言となれば、との思いもある。
思えば、私自身が、あと3年もすれば、親父が逝った歳になる。
なので、そう遠いハナシでもない。
ともあれ、まだプロットは決めてない。
まずは書き出したい、そこから模索したい、そう考えている。
時代背景、地名はそのまま、固有名詞は架空のものとする。
一人称とするか、三人称とするか、それも、書き出す刹那に決めたいと。
そしてこれを、直ぐ先に古希を迎える我が人生最終の趣味の一環とする・・・

1979.1.1. 私が大学を卒業する歳の元日、石鎚神社への初詣にて
撮影は妹 それで、父が育んだ家族6名の記念写真となった
