なんだか、自分にはない感性。
仲間はずれだとか、いじめ、といったことに腐心した経験がないので、なんでそんなに周りを気にするのか?と、不思議に思う。
それが理解できない。
もしかすると、私が鈍いのか?
そうした感情の機微を追体験してて、【八日目の蝉】を思い出した。
そりゃさうだ、同じ著者なのだから。
ただ、老人の域に差し掛かった今、それと似たようなケースは思い当たる。
それは、こちらが友人だと思っていた人物が離れていったという感じ。
この作品の中にもあるように、『ん?俺なんか地雷踏んだか?』くらいのことは思ったことがある。
でもそれも、『しるけや、嫌ならやめとけ』と、決め込むのが私の性分。
人間、どうせ独り、それでいいぢゃないか。
と、決めている。
作品の展開について、端は、葵とナナコの友情が中心なのに、途中から小夜子が全く別の空間から割り込んできて、以来、時系列を飛び越えて行ったり来たり。
それにどうも馴染めなかった。
でもそれは、最終章の為の伏線であることが段々と見えてきて、最後には、タイトルの意味が理解できる仕組みに唸った。
生き辛さを経験して、大人になって出会った同い年の二人が、やがてそいつを乗り越えていく様を追体験しているさなか、たまたま流していたyoutube musicの【悲しい】で選んだプレイリストが嵌まって、思わず落涙寸前。
いやいや、まだ道半ば、これからもっと挫折することもあるだろう。
でも、今、こんなに気持ちの通じるソウルメイトとの生活が始まるんだ。
ならば、その刹那を愉しめばいいぢゃないか、葵と小夜子・・・

