図書館で借りたのは単行本。
ナイルには文庫本の情報しかない。
ホントはこのデザインの方が好きなのだけれど。

以下引用
日常にこぼれ出る豊穣な気配。花は人を恋い、水は友を招く――。それは、ついこのあいだ、ほんの百年すこし前の物語。
庭・池・電燈付二階屋。汽車駅・銭湯近接。四季折々、草・花・鳥・獣・仔竜・小鬼・河童・人魚・竹精・桜鬼・聖母・亡友等々々出没数多……本書は、百年まえ、天地自然の「気」たちと、文明の進歩とやらに今ひとつ棹さしかねてる新米精神労働者の「私」=綿貫征四郎と、庭つき池つき電燈つき二階屋との、のびやかな交歓の記録である。――綿貫征四郎の随筆「烏蘞苺記(やぶがらしのき)」を巻末に収録。
以上引用
なんとも不思議な小説に出会った。
この世とあの世との線引きが曖昧な世界。
それは、自己の精神性と自然との調和から訪れるものか?
こんな世界もあっていいんだ。
その古い日本家屋と庭の描写がとても良い。
特に自然の川から引いた疎水を庭の池に取り込み、それがまた用水路としての役割に戻る設計の池の風情が、贅沢で羨ましい。
これを受けて、私は、コロボックルの世界を思い出した。
60年ほど前のこと、浮島小学校の図書館で借りたのが、佐藤さとるによる児童文学シリーズ、それがコロボックルの世界。
(ついでに言うと、同時期に夢中で読んだのが、眉村卓のSF、『なぞの転校生』に並ぶ作品群。あの頃を思い浮かべると、なんとも言いようのない瑞々しい世界で遊んでいたなあと)
少年と妖精との触れ合いが描かれたそれは、やはり庭や自然の描写が豊かで、小学5年か6年だった河端少年の心を痛く刺激した。
それと、この作品が、どこかで通底する気がする。
私には、まだまだ知らない小説家がたくさんいる。
なので、出会えたことに感謝しつつ、この人の作品を追いたい、と考えている。
して早速これを取り寄せた。
いつでも読み返せるように、座右に置いておきたくなったからだ・・・
追記
上の本をパラパラ捲ってると、視界の端に【コロボックル】の文字が。
ん?
と探してみたら、やはり、それはあった。
彼女も何等かの影響を受けてい居るのかも知れない。
我が意を得たり由良助・・・


