黄金週間も明日でおしまい。漸くいつもの生活に戻れます。その最終日がボクの定休日、そして予報に依れば、明日は終日の雨模様、ならば庭仕事はパス、てことは、久し振りに山のサウナへ。
基本的には、他人様が休みの日には出掛けない主義ですが、そろそろデトックスしないと限界なので行こうと思ってます。
今朝のルーティンを終えて一息ついたところ、そんな甘い気分に支配されて、久し振りに創作で遊んでみようかと思い立ちました。
実は、昨日の夕方、頭に過(よぎ)った因子を文章化してみたくなったのです。
以下の文章は創作につき、現実とは異なります・・・
以下、創作文です・・・・・・・・・・・・・・・
辞書に依ると、季語は秋、なのに、今ではそれを知る人は少ない形容動詞【爽やか】
入浴を終えて、自室に戻る道すがら、俊輔はそんなことをぼんやりと思いながら、それでも『爽やかな風、あの頃と同じ季節』だと考えた。
1979年の初夏、ケイは二度目の家出のまま俊輔の住む東高円寺、埴生荘3号室に棲みついた。今度は長くなりそうな気配。やがてケイは俊輔が勤める神田の会社の近くにバイト先を見つけてきて、一緒に通うことになる。このバイタリティーはなんなのだろう、俊輔はいつもそんなところに感心する、いや、感心するポイントが違うだろう。
ほんの言い訳程度のキッチンがついただけの四畳半の小さな部屋に、二人が毎日寝起きする。今思えば、よくあんな生活が出来たものだと、でも、それは決して窮屈ではなく、寧ろそれを愉しむようにいつもくっついて暮らした、と俊輔は懐かしく思い出す。
お互いに金欠病の為、夕食はいつも素麺だった。その後、近くの酒屋の自販機で缶ビールを1本ずつ求めた帰途、ケイはそいつを頭に乗っけて歩く。
「シュンもやって」
缶ビールを頭に乗っけた二人が並んで歩く。俊輔は、自分一人では決して思いつきもしないこんな行動を愉しんでいた。
日曜日には借りたミニサイクルに二人乗りして新宿まで遊びに行く。BVDの白い丸首Tシャツにジーンズといったお揃いのスタイル、勿論、Tシャツは俊輔のそれだ。家出最中の身で着替えが少ないというのもあるが、基本的にケイはいつも俊輔の服を着たがった。少し大き目なチェックのシャツをダボっと羽織って、それがまた可愛くて、それを眺めるのが俊輔は好きだった。服と同じく、纏うフレグランスもオソロのタクティクス、言わずと知れた資生堂の男物。でもこれも、ケイの好みの匂いだった。
結局、何をしてても、ケイと二人なら愉しかった。
その頃から、二人並んで歩くときには、ケイの右手がいつも俊輔の左手に絡まっていた。それが定位置だとでも言うように。
新宿から戻って、近くの大和湯でさっぱりする。そして素麺、ただスクランブルエッグやハム、キューリを添えた夕食を済ませてまた出掛ける。なんとなく埃っぽい公園でブランコに乗った後、東高円寺駅前の青梅街道を挟んだ反対側にある小さな商店街の家具屋で折り畳み式のテーブルを求めて帰る。
いつものように、右手でテーブルを持った俊輔の左手にはケイの右手が絡んでいる。
この先一体どうなるのだろう、自分たちのことなのに、お互いにその疑問符はいつも先延ばしにして暮らしていた。
そのとき、昼間の熱気が去った後の爽やかな風が二人の頬を撫でて通った。
2025年薫風香る季節。
『あのときと同じ風と匂いだ』
俊輔はもうじき69歳になる。
最近になって、嫌が応もなく自分の年齢と老いを実感し始めた。
それと同じくして、試練と呼んでもいいような出来事が重なって押し寄せてきた。
でも、こんな記憶が一時慰めてくれる。
あれが有って良かったのか、無い方が良かったのか?
それは、まごうことなく、有って良かったのだ、と俊輔は思っている。
そして、それでも現実の中を歩いてゆく。
一歩一歩、しゃんと踏みしめながら・・・・

