
「久しぶり」
「驚いた、どうしたの?突然」
「うん、今隣の町にいる、明日、最後に少しだけ逢えないかなと思って」
「・・・」
「迷惑だったかな?」
「ハッキリ言うね、ようやく穏やかな生活にもどれそうなんだ私、今」
「そうか、手術は成功したんだね」
「うん、なんとか」
「良かった」
「あの夜、シュンがわざわざ東京から見舞いに来てくれて勇気をもらった」
「うん」
「おかげでこうして生きている」
「うん」
「でも、まだ完全とは言えないんだ」
「そうなのか?」
「うん、でもそんなに深刻ではない」
「良かった」
「うん、でもまだ健常者のようにはいかないの」
「うん」
「だから、あの頃とそんなに違わない」
「そうか」
「だからね、あのとき二人で決めた別れはやっぱり正解だったの」
「・・・」
「あれから私はようやく、少しずつ心を慣らしてきた」
「うん」
「だから、もう逢わない」
「・・・」
「逢えばまた心が揺れる」
「・・・」
「だからもう逢えない」
「・・・」
「わかって」
「悪かった、こっちの思いばかりで」
「いいの、こんなこと言いながら、ホントは今でも飛び出してゆきたい」
「うん」
「でも、そこから先は?」
「堂々巡りの振り出しにもどるだけ」
「そう」
「そうだね」
「わかってくれてありがとう」
「いや、こっちこそ、しっかり結論を出してくれてありがとうケイ、ゴメン」
「声を聞けてうれしかった」
「オレも」
「切って」
「いや、ケイが切って」
「いいの?」
「うん、それでホントにオシマイにしよう」
「じゃあ・・・切るね」
「うん・・・」
1980年4月の或る日、俊輔は東京を離れた。
いよいよ実家に戻って家業を継ぐ段階に至ったという訳だ。
これより先は、それまでのような気儘な旅は出来なくなるだろう。
ならばと、最後に車を持って帰るついでに東北を一周する旅に出た。
何故それが東北だったのか?
勿論それは、まだ行ったことがないエリアだったこともあるにはあるが、やはり一番は、もう一度ケイの住む町に行きたかったからに違いない。
布団以外全ての荷物を発送し終えた翌朝、俊介は、いよいよ東高円寺の埴生荘を後にする。
上京したその日に中村橋で求めた布団は、5年間の思い出と共に近くのごみ捨て場に置いた。
『お世話になりました』と心の中で手を合わせながら。
初めて乗る東北自動車道、都内からそのインターに至るまでの道順は心許ない。
が、表示に従って、迷うことなく辿り着いた。
そこから先は一本道、気楽なものだ。
最初の中継地は、福島県庁近くの全国ユースホステル協会福島支部。
高校の頃から、ユースホステルを利用しながらの、四国は勿論のこと、九州や北海道をヒッチハイクで回った経験上、安価な宿泊手段はこれに限ると決めていた。
それには会員になった方が得策と、数年ぶりにその門を叩いたのだった。
そして、最初の宿泊地が花巻YH。
その途中、田んぼの中の一本道にあった電話ボックスからケイの家に電話を掛けた。
恋しさと懐かしさと気後れがない交ぜになった感情を持て余しながら、空で覚えている番号をダイヤルする。
そして、俊輔は自分の身勝手さ、甘さを再認識した挙句に涙をのむのだった。
ユースホステルでは飲酒はご法度。
でも俊輔はその途中にあった田舎の小さな酒屋で求めたカップ酒を飲んでいた。
二段ベッドの上でカーテンを閉めて。
それが、何かの具合で部屋を訪れたヘルパーに見つかった。
でも、俊輔と同年配と思しきその彼はこう言った。
「あ、いいのやってますね」
そうしてその場を後にした。
何も責めることなく。
もしかすると、そこには最低に落ち込んだ男がいたから思いやってくれたのだろうか、と俊輔は解釈した。
ふと見やれば、窓外には、柿色に染まった花巻の山の夕景が広がっていた。
『ケイ、これがキミの住む町の夕暮れなんだね』
こうして幕を下ろしたケイと俊輔のエピローグ・・・
夕山風 鈴木康博
