宝島のチュー太郎

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    冬でも生のまま舐める、店主はそれが好き

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葡萄酒の記憶










 今宵はどうしたのだろう?
最近は、独りの夜に自分で葡萄酒の栓を抜くことはまずないのに、なんだかとてもそれが飲みたくなった。
思えば、40を過ぎた辺りから、日本酒とウイスキーを好むようになった。
いや、これは大いに語弊がある、そこに【特に】という副詞をくっつけなければならない。

 露払いとチェイサーに麦酒、メインは日本酒、そしてナイトキャップウイスキー
そして時々、シェリー、ラム、ブランデー・・・
そこに葡萄酒が入り込む余地はない。
勿論、対人関係のある場合は、それに沿うので、葡萄酒も飲むし、また飲めば美味いとも感じる。
ただ、独りの場合は何故か全く触手が伸びない。

 でも、酒を飲み始めた、所謂ビギナーの頃は、好んで葡萄酒を飲んでいた。
今宵はそんな50年近く前の自分を振り返る意味でも、その頃の私の葡萄酒にまつわる記憶を辿ってみよう。

 一番強く覚えているのは、東高円寺の埴生荘に住んでた頃。
それは、大学3年から社会人1年生に至る、東京生活後期に当たる。
近くにある酒屋には、スクリューキャップのリッター瓶に入った赤葡萄酒があった。
当時の私は、よくそこで剣菱かその赤葡萄酒を求めた。
何故か時々飲みたくなったのだ。
それはやっぱり、好きだったからだろう。

次の記憶は、その大学3年の暮れに帰省した折のこと。
夜、実家に帰り着いた夕食の際、店に下りて葡萄酒を物色すると、メルシャンシルバーやマンズの赤があった。
田舎の酒屋にそんなのがあることに少しく驚きながら抜栓。
燗酒を飲む父親と歓談しながらそいつを1本空ける。

そして、その足で当時のガールフレンドの家を訪問したのではなかったか。
どうやって行ったのだろう?
迎えに来てもらった?
そこんところは覚えてない。
ガールフレンドの部屋に初めて招いてもらって、半年ぶりの逢瀬を噛み締めた。
のではなかったか?


 思うに私が本当に葡萄酒を愉しんだのは、この頃がピークではなかったか。
勿論、その後、プロとしての試飲や勉強に勤しんだし、所謂グランクリュクラスの深い味や、その食とのマリアージュに感動したこともある。
けれど、純粋にカジュアルに受け入れて愉しんだのはあの頃。


 あの、暮れも押し詰まった夜、新居浜駅から乗ったタクシーのカーラジオから流れてたのはこの歌だった・・・

 


渡辺 真知子・迷い道