【23】
それからはまた文通の再開だが、電話の方は回数が減ってきた。
そして、手紙の内容も段々と諦観の様相を呈してくる。
どうやら、ケイがいよいよこの恋にけじめをつけようと考え始めたようだ。
僕は?
情けないことに、そいつをひっくり返す気力も胆力も無かった。
我ながら実に情けない。
ケイも、そんな僕に愛想を尽かしたのかも知れない。
冷静にお互いの立場と今後を擦り合わせれば、自ずと一つのベクトルに向かってゆく。
『今度、妹と、盛岡に来るオフコースのコンサートに行くよ』
明るいニュースはそれが最後だった。
そして、いよいよ、ついに、ケイの覚悟が。
『シュンが好き。シュンといたい、ずっと。でもね、私の病気はどんどん深刻になってゆくの。このままじゃあシュンに迷惑をかける。だから、私はもうシュンと逢っちゃいけない。そう思うの』
ここでこの僕はどう応えればいい?
この悲壮な覚悟に対して、その場凌ぎな言葉は通用しない。
こうして受け入れた、ケイの決断を。
そしていよいよ最後のデートの提案がケイからあった。
『東京と盛岡の間にある仙台で逢わない!?』
三度目で最後の一泊旅行をしようと、それは親も許してくれていると。
別れると決めた二人の最後の旅行。
ケイの覚悟と決断の発露。
僕はそれに素直に付き従うだけだ。
綺麗に晴れ上がった11月の昼下がり。
僕たちは仙台駅で落ち合った。
折しも、仙台駅舎は新装されていて、エスパルというショッピングモールもあり、お洒落な感じに変わっていた。
と言っても、後にも先にも仙台に行くのはそれだけだったんだけど。
お互いの路線の関係で、ケイが僕を迎える形になる。
ホームから降りて、連絡通路を急ぐ。
やがて改札口が見える。
その先にケイがいる筈。
いた!3か月ぶりにこの目で見るケイ。
いつものボーイッシュなのとは対極のエレガントなワンピースにジャケットを羽織った服装。
僕は僕で、グレーのツィードジャケット、薄いブルーのボタンダウンシャツに赤いペイズリー柄のアスコットタイ。
二人は、これまでにない服装で落ち合った。
これは、ケイが提案したドレスコード。
『私たち、最後くらいはお洒落してみない!?』
ケイ、やっぱりキミは最高だ!
今年の2月、最初の家出となる東京駅での再会の刹那、この胸に真っ直ぐ飛び込んできたケイが、8か月が経って全く変わってしまっていた。
改札の向こうでじっとこちらを見ているケイ。
そこへ速足で近づく僕。
そっと抱き締める。
「久しぶり、待った?」
「ううん、そうでもない」
「逢いたかった」
「私も」
「少し痩せたか?」
「そうかなあ」
それから、僕にとっては多分最初で最後の仙台の街を二人で散策する。
お互いに差し障りのない会話を交わしつつ。
その後、ケイが描いてたコースとして、仙台市郊外にある秋保大滝に向かう。
3か月前に行った木曽の滝での、あの無邪気な二人の関係との落差が身に染みる。
そして、その近く、秋保温泉の中にある旅館に二人は身を寄せる。
温泉で汗を流した後、ゆっくり夕餉をいただく。
それから、宿の近くを散策した後、二人は早めに褥(しとね)に入る。
「シュン、ごめんね、私、突っ張れなかった」
「いいんだ、それを言うなら、不甲斐ないオレのせいだ」
「私、シュンとこうなったこと、決して後悔してないから」
「勿論、オレだって」
「多分、そう遠くない時点で手術を受けることになると思うの」
「それを受ければ回復するんだね?」
「それはどうかな、ただ、このままほっとくと危険な状態だって」
「・・・」
「ケイ、脱いで。裸で抱き合おう」
「最後だね」
「シュン、私のことなんか早く忘れて、愛媛で健康な奥さん貰って幸せになってね」
「ケイも家業をしっかり継いでくれる伴侶を見つけろよ」
「ウソ!嫌だ!忘れないで!私のこと」
「忘れる訳ないだろ!ケイとのことはオレの一生の宝物だと思ってる」
その夜、ケイは初めて僕の前で泣いた。
くっついたり離れたりを繰り返して足掛け2年、ケイはそのとき初めて泣いた。
ケイの流れる涙を胸に受け止めながら、僕はただ抱きしめるしかなかった。
翌朝のケイは、また元のしっかりとしたケイに戻っていた。
仙台駅に続く高架で幅の広い歩道橋の上。
「私の方が便が先だから行くね」
「うん、オレはまだ時間があるからここで」
「シュン、私と出逢ってくれて、強く引っ張ってくれてありがとう」
「・・・」
「私、シュンがいたから、この先も負けずにやってける」
「そうだよ、病気になんか負けちゃダメだ」
「うん、ありがとう。それじゃあ、行くね」
「オレはずっとケイを思ってるから・・・」
そうしてケイは、人ごみの中を真っ直ぐ仙台駅舎に向かってゆっくり歩いていった、一歩一歩噛み締めるように。
そして、見事に、一度も振り返らなかった・・・
*
