宝島のチュー太郎

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2021/11/15 真我と肉体の関係


 私淑する中村天風翁の言葉を中村天風財団のメルマガより引用連載します。



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■  中村天風 | 一日一話
元気と勇気が湧いてくる、哲人の教え366話

2021/11/15 真我と肉体の関係
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真我というものは、
肉体でもなく、肉体を超越したものである。

真我と肉体の関係は、
肉体に衣服を着ているのと同様に、

真我は肉体という仮衣を
着けているものであると
思量するとわかりやすい。

そして、この意識観念は、
当然自己の本体(真我)と肉体とは
全然別箇のものだということが
自然と自覚的に明確となり、

「われ」というものが、
断然肉体という物質を超越した
一実在であるという意識観念が確立する。

中村天風




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▼真我と肉体は別物
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(以下、尾身幸次著『成功への実践』第5章
 より引用抜粋)

真我と肉体の関係は、
肉体と衣服のような関係と考えれば、
わかりやすい。

ヒマラヤで天風先生が
腰に巻いていたターバンと
天風先生自身の関係である。

ターバンが天風先生でないのと同じように、
肉体は「我の本体」ではない。

ターバンは汚れたら洗えばよいのだし、
たとえ破れても、
着けている本人には、何の変わりもない。

あるいは、真我は肉体という家屋に
便宜上宿っていて、

我々が生活するために
家屋を使っているように、
真我が肉体を使っていると
考えればわかりやすい。

当然ながら、
家屋が自分ではないように、
肉体は「我の本体」ではない。

このような意識を持てば、
自己の本体である真我と肉体とは、
まったく別のものだということが
自覚できるようになるだろう。

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