50年前くらいは若者の利用する宿泊施設として賑わっていたユースホステル。
私がその存在を知ったのは小学生の頃。
確かNHKで、それが舞台のモノクロ・ドラマがあって、「いずれは自分も」と思ったものだ。

それは、中坊の時に偶然にやってきた。
春休みを利用して、独りで出た四国一周チャリ・ツーリング。
三日目、高知の中村、何となく新居浜に似た土地。
お寺に泊めてもらおうと思って、その辺を歩いている人に尋ねて教えてもらったお寺が、ユースホステルだった。
その仕組みは理解していたので、すんなりと初めてのユースホステル泊。
小高い山の中腹にあるお寺の本堂脇だったように記憶しているが、そこに布団を並べて寝た。
グリ坊主の中坊は私だけ。
ほとんどは大学生の兄やん姉やんだったので、優しくして貰った。
以来、全国各地のユースホステルに泊まった。
様々な思い出があるが、けふのところは割愛。
先日、「WoodyBarチュー太郎」の本棚を確認している時に、そのガイドブックが出てきた。
1980年版。
てことは、東京を引き上げる時に東北を一周した時のそれだ。

このメモは?
車で回ったから、多分、行程のメモなのだろう。




東京を出て、最初の県庁所在地の協会の所在地を事前に調べていた。
そして、そこで休眠状態だった会員に復活したんじゃなかったかな。
それは、会員でなければ泊まれない直営ユースや、スリーピング・シーツ使用の為には必要なこと。
細かい説明は割愛。
古いビルの2階か3階にあったなあ、今でもぼんやりとその光景を覚えている。

一番利用した北海道一周のそれは捨てたのだろうか?
更に奥を探すとあった、あった。
遡ること3年。
大学2年の夏、独りでヒッチハイクして23日間、北海道を歩いた。

利尻島の鴛泊港近くのユース。
連泊者の塊がいるので有名なところ。
私も連泊して、チャリンコで海岸沿いにある道を一周した。





小樽天狗山ユースは山の上にあって、眺めの良いところだった。
ペアレントは割と若い人で、ピアノの弾き語りを聴かせてくれた。
中でも、加山雄三の「海その愛」には感動した。
帰京後すぐにアルバムを買った。

新冠では、確か明和牧場?引退して種馬として生きていたハイセイコーに会った。
夕食後のミーティングは別棟の体育館のような場所で、湯がいたトウモロコシをいただいた。
今では当たり前の甘くて美味い品種に感動。
翌朝は裏山に登って霧に煙る新冠の村を眺めた。


北の果て稚内のユースの強化プラスチック製食器はみな黄色く変色している。
何故なら、365日、毎日夕食はライスカレーだから。
これ、当時は有名なハナシ。
裏を取った。
これとかこれも。
やはり、記憶に錯誤は無かったようだ。

あれから40年余り。
今、ユースホステルは機能しているのだろうか。
おじいのユースホステラーも乙なもの。
車中泊と半々くらいで日本一周なんつうのもいいなあ。
行けるかなぁ・・・
