「ライ麦畑の反逆児/ひとりぼっちのサリンジャー」を観た。
サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」を知ったのは、高校生の頃。
「読むべき本」なのに、当時は入手困難だった。
その後、なんとか手に入れて読み始めたのはいいが、退屈でタイクツで・・・
挫折して、それは何処かに紛れ込んだ。
それから10年くらい経った頃、また何かの刺激を受けて、読み直そうと探すも見つけられないので、また取り寄せた。
そして、またそのまま忘れ去った。
そういう作家なんだと思ってきた。
生きあぐねている若者に絶大なる支持を受けた稀代の作家。
でも、生きあぐねてない若者には理解不能だった。
多分、彼は、今で言うところの発達障害なのではなかろうか?
でも、映像を通して彼の半生に触れた今、また「読むべき」だと思った。
その瑞々しいと言われる文体に学ぶべきだ、と。
確か「フラニーとゾーイ」はトイレの本棚にあった筈・・・
無い、どこかへ持ち出したか?
代わりに「大工よ、屋根の梁を高く上げよ/シーモア-序章」を発見。
その後、自室にある何か所かの本置き場の中から前者も発見。






さて、問題は、肝心な「ライ麦畑でつかまえて」だ。
今度は「酒の宝島」の各所を探した探した・・・
で、漸く見つけた!




寡作な彼は、雑誌に寄稿した短編を覗けば、生涯数冊の作品しか上梓してない。
1950年秋『ライ麦畑でつかまえて』が完成する。
1953年、いわゆる「グラース家」シリーズの第1作『バナナフィッシュにうってつけの日』をはじめとする短編集『ナイン・ストーリーズ』を発表。
1961年に『フラニーとズーイ』。
1963年に『大工よ、屋根の梁を高く上げよ/シーモア―序章―』を発表し、その後も同シリーズの刊行が続くものと思われたが、1965年6月に『ニューヨーカー』に掲載した『ハプワース16、一九二四』を最後に作品の発表を止め、作家業から事実上引退した。
2010年1月27日、ニューハンプシャー州コーニッシュにある自宅にて老衰のため死去。
遺族がサリンジャーの未発表原稿を所有しており、2019年現在、出版に向けた準備が進められているとされる。
とあるが、2年になる現在でもそれは実現してないところを見ると、難しいのかも知れない。
何はともあれ、私は今度こそ、発表順に全てを読もうと考えている。
その為に、こいつの古本もポチった。
そろそろ届く筈。
なんだかんだ言って、こうしてまた本が増えて行くんだなぁ・・・
内容紹介
孤独のなかで言葉があふれ出す―
[内容解説]
≪J.D.サリンジャー生誕100周年! 伝説の作家サリンジャーの謎に満ちた半生と名作誕生にま
つわる真実の物語を豪華キャスト&スタッフで映画化≫
■全世界累計6500万部突破、世界中の若者に衝撃を与え、愛され、無数のフォロワーを生み出してき
た20世紀のベストセラー「ライ麦畑でつかまえて」。この伝説を生んだ作者J. D. サリンジャーの謎
に包まれた生涯とは?生前は本人の意思によって語ることが一切許されなかった作家の謎に満ちた半
生と名作誕生前夜の真実が、ついに明かされる。
■サリンジャーを演じるのは、『マッドマックス 怒りのデスロード』等幅広い役柄をこなす若き実
力派俳優、ニコラス・ホルト。サリンジャーの才能を見出す編集者ウィット・バーネットに、二度の
アカデミー賞受賞のケヴィン・スペイシー。作家のキャリアを支えたエージェント役に『キャロル』
のサラ・ポールソン。メガホンを取ったのは『大統領の執事の涙』の脚本などで知られるダニー・ス
トロング。『ラ・ラ・ランド』他アカデミー賞作品賞の製作陣とともに心揺さぶる実話ドラマを作り
上げた。
1939年の華やかなニューヨーク。作家を志す20歳のサリンジャーは編集者バーネットのアドバイスの
もと短編を書き始め、その一方で劇作家ユージン・オニールの娘ウーナと恋に落ち、青春を謳歌して
いた。だが第二次大戦勃発とともに入隊し、戦争の最前線での地獄を経験することになる。終戦後、
苦しみながら完成させた初長編小説「ライ麦畑でつかまえて」は発売と同時にベストセラーとなり、
サリンジャーは一躍天才作家としてスターダムに押し上げられた。しかし彼は次第に世間の狂騒に背
を向けるようになる…。

![ライ麦畑の反逆児/ひとりぼっちのサリンジャー[Blu-ray]](https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/k/korobokuru/20250428/20250428091535.jpg)
