宝島のチュー太郎

20年続けたgooブログから引っ越してきました

    冬でも生のまま舐める、店主はそれが好き

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呪文




George Winston - December - Thanksgiving








呪文
クリエーター情報なし
河出書房新社







 これも新聞の広告を見て興味が湧いたので、図書館で借りてみた本。

物語の舞台はよくある「崩壊しかけの商店街」。
そこで巻き返しを図る若手と依存体質の抜けきらない古くからの商売人が協力しあうという私好みの展開で始まる。





 それが途中から、現代の人間が抱える心の闇と「洗脳」といった向きに変わってくる。
正直、私のような人間には理解できない精神構造。

ワタクシメ、貧乏人だけど、自分を「クズ」とまでは思ってない。
なんでそんなに自分を卑下して追いつめなくちゃならない?



 「自死」がそんなクズに値打ちをもたらすなんて思考回路も分からない。
どうすりゃそんな精神構造になるのか?

無理矢理にそこんとこを解剖してみる。
それは「自我」の成せる仕業か?

「自我」は「エゴ」である。

自己を「クズ」と決めつける裏側には「ホントはクズなんかじゃない」という強烈なる自己主張(潜在意識と置き換えてもいい)があるのではないか?

そして、そいつを表現する最後の手段が「自死」であるとするなら、それは余りに得手勝手で卑怯だ。
「死」はほっといてもやってくる。

自己表現の手段にしてはならない。



 でもって、「洗脳」ってそんなに簡単なもんなん?
少なくとも、文章の流れから受ける印象では、「唐突さ」の感は否めない。

だって、「納得出来ない」展開、そいつを「唐突」と呼ぶんだろ?





 それと、登場人物の名前で編が構成されるところも、なんだかシックリこない。
何故なら、そこに流れる目線はその編の主人公なんだけど、表現方法は三人称になっている。
これ、いっそのこと一人称でまとめればどうなんだろう?

要するに、編が変わるごとに語り部が変わるという作りにするわけだ。
その方が群像がそれぞれに抱える思考という俯瞰図のようになって、より感情移入出来るように思える。






 従って、私のようなフツーのオヤジには、この小説も理解の外。

いくら著名な著作家が褒め称えても、「わからんもんはわからん」と言う外ない・・・