生ものと干物
けふのBGM
この歌詞、結構深い。
私の人生観そのままだ・・・
男達のメロディー
再放送を録画してある仕事学のすすめを観た。
昨日のはこんな内容だった。
以下引用ーーーーーーーーー
姜尚中 人生哲学的仕事論 第3回「悩んだら本を読め」
高校時代、出自のことで悩み不登校となった姜尚中を救ってくれたのは本だった。
特に夏目漱石の著作から、さまざまな気づきや知恵を得ることで、厳しい現実を生き続ける自分を支えることができたという。
特に薦めるのが古今東西の古典。
今日まで読み継がれてきたことには意味があり、人生や仕事を理解するためのヒントがあるからだ。
低成長が続き、閉塞感に陥るビジネスパーソンに向け、それを打ち破る姜の読書法を語ってもらう。
ーーーーー以上引用
私はちょうど今、適当に食い散らかして無残な状態の漱石三部作、「三四郎」「それから」「門」を改めて読み直しているところだ。
そして、昨日も少し触れたように、哲学の門をもう一度叩こうとしている。
私にとって読書の有り難いところ、それは、
・限りある人生、自分が体験することには限度があるが、そいつを疑似体験という世界でカバーしてくれる。
・他者の息吹に触れることが出来る。
・内省しながら世界観を構築することが出来る。
こんな風に思ってきた。
それとほぼ同じようなことを彼が言うのを眺めながら、我が意を得たりの感ありだ。
そして、勉強になったのが、「生ものと干物」の件(くだり)。
新書や雑誌といった、現代の断面図を切り取った本が生もので、いわゆる古典が干物だ。
生ものと干物の両方を食うべきで、今目の前に起こっている現象(生もの)は全て古典(干物)で解釈出来る、要は、それをどうリンクさせるかだけのことだと彼は言う。
これには、警策(きょうさく)で打たれた思いがした。
私は、現代小説の類いが好きでよく読むが、常にこれだけでいいんだろうか?という思いがついてまわってきた。
なんだか心許ない、足りない感じがするのである。
もっと他に読むべきものがあるような・・・
その思いを裏打ちするようなこの言葉に、やはり古典に取り組もうと、決意を新たにしている。
さて、今日のオチはどうしよう?
そうそう、
「生ものと干物」
干物(ひもの)が物という漢字を使っているのだから、生ものだって生物でいいんじゃ?
その方がつろくが取れるし、と思った直後に、
「そっか、生物と書いたんじゃあ、せいぶつと読めるからか?」
と思った次第。
どっちでもいいようなハナシだけど、そこんとこにこだわりがあるのかな?
そうそう、
「こだわりを持って読書してほしい」
こんな言葉もあった。
私も、せいぜいこだわって生きていきたいと思っている。
そして、運が悪けりゃ、死ぬだけさ。
この世でいくら物を持とうが、金を稼ごうが、あっちに行くときゃあ魂だけの手ぶらさね。
さりとて、な~んも考えずにダラダラ生きた魂じゃあ値打ちがない。
だから、魂を磨くんだ、いつも前を向いて信念に従って進むんだ。
例え、道半ばで終わっても、それはそれ、いいじゃないか。
素直に死んでいけばいい。
それが人生だ、なんてね・・・
